(3)

新帝国歴4年12月16日。
銀河帝国の新国務尚書ウォルフガング・ミッターマイヤーは待望の実子に恵まれた。
自分そっくりの蜂蜜色の髪の娘と妻にそっくりなクリーム色の髪の息子。
「皮肉だな」とミッターマイヤーは一人つぶやく。
最初の子ども(養子だが)は、ロイエンタールが彼にもたらしてくれた。
つぎの子は、ロイエンタールの死んだ日に生を受けた。
言うならば、この子もロイエンタールがもたらしてくれた子だ。
どこまでもロイエンタールは自分の人生に絡んでくる。
「それもよしか」
ミッターマイヤーはそうつぶやき、生まれたばかりの赤ん坊を見つめる。



「いつまでも死んだ人間にとらわれていてはいけません」
と、ミッターマイヤーは医者に言われたことがある。
いつまでも暗い顔をして毎日激務に励むミッターマイヤーを見て、
ビッテンフェルトが無理矢理医者に引っ張っていったのだ。
「おれたちが何を言っても、卿は無視するだろう?
だが、卿は病気だ。それを自覚するのだな。」
とは、ビッテンフェルトの言である。

どうにも返事ができず黙っていると、それをどう取ったのか、医者が続ける。
「心の葬儀が必要です。もう、それだけの時間がたたれたのではないかと考えます」
「心の葬儀?」
「そうです。忘れなさい、とは申しません。
しかしどこかで心の区切りをつけられないと、
いつまでも死者にとらわれていることになってしまいます。
死者も、それを望んではおられますまい」
「しかし、俺がそれを望んでいたら?」
とは、ミッターマイヤーは言わない。
口に出して否定されるのが怖い。
怖い?
そうだ。自分は、自分の中から彼の気配がなくなってしまうのが怖いのだ。
忘れようとすることは簡単だ。
その方が精神も楽になるだろう。
しかし、自分はそれを望んではいない。

自分はいつまでもとらわれていたいのだ、と思う。
理解している。
確かにいつまでも死者とらわれている自分は、おかしいかもしれない。
しかし。
自分が忘れたら、あいつは本当に死んでしまうではないか。
自分が忘れないで、この痛みを抱えている限り、あいつは生きている。
あいつにはいつまでもほんとうの意味での「死」はやってこないのだ。
自分が死ぬまで、忘れてやるものか。



新生児室の中で、ふたりの赤ん坊は安らかな顔で寝ている。
バイエルラインが、まるで自分の子どもが生まれたかのように嬉しそうにつぶやく。
「閣下そっくりの、かわいらしいお子様方ですね」
「おれに似ると、ろくなことがないぞ」
「そんなことはありませんよ。
きっと賢いお子様になられます。
やっぱり閣下のお子さんは、閣下に似ておられないと」
「・・・おい、フェリックスの前ではそれを言うなよ。
エヴァの前でも、だ。結構エヴァは気を遣っている」
「すみません・・・・」
「いや、いい」

バイエルラインは来年早々の結婚が決まっていた。
相手はフェザーン出身の美人ではないが気のいい娘だ。
バイエルラインが演習で負傷したときよく世話を焼いてくれた看護婦だという。
一度会ったことがあるが、なかなかの美人だった。
自分と同じ蜂蜜色の髪と灰色の瞳が少々気になるが・・・。
「人のことより、自分の結婚準備はできてるのか?」
「ええ、まあ」
バイエルラインは照れている。

「実は、自分も父親になります」
赤ちゃんの顔を見ながら、バイエルラインが爆弾発言をする。
ミッターマイヤーは「軍が恋人」とかつて言った自分の副官の顔をまじまじと見る。
「・・・は?」
「来年の夏には父親になります」
「・・・今度結婚する令嬢が、卿の赤ん坊を身ごもっているというのか?」
「はい」
「・・・・・・それは、順番が逆だろう?」
「はあ」
「自学自習もほどほどにな」
そう言いながら、バイエルラインの頭をこづく。

エヴァンゼリン・ミッターマイヤーと赤ちゃんの退院にあわせるように、
ミッターマイヤー家には赤ん坊のために新しいベビーベッドが2つ届けられた。
送り主が「カール・エドアルド・バイエルライン」というのが笑える。
「あいつ、罪滅ぼしのつもりか?」
人の世話ばかりして。それどころではないだろうに。


もしかしたら引っ越しせねばならないかもしれない、
といつまでも青年士官の顔をした帝国の最高権力者の一人は考える。
どうせ警備の関係上、引っ越しを迫られていたところだ。
少し広い家を捜そう。
暖炉と、花一杯の庭と、質素だが上品な家具と。
双子の世話はエヴァが大変だから、今度の家には使用人も少し置こう。
オーディンから両親を呼んでもいい。
庭の設計と手入れは親父に頼もう。
親父なら子どもが過ごしやすい庭を造ってくれるだろう。
庭には砂場を作ろうか、ブランコも置こうか。
フェリックスとこの子たちと、きっと一緒に笑い、遊んでくれるだろう。


家に帰ると愛する妻がいる。
そして、被保護者たるハインリッヒ・ランベルツと、養子であるフェリックス、
そして初めての実子フレイアとヨハネスの元気な泣き声がある。
女の子はもう少し静かに泣くものだろう、と、ミッターマイヤーは勝手に思っていた。
しかし、フレイアはフェリックスの時よりも大きな声で泣く。
そして、ヨハネスの方がおとなしく、手がかからない。

ヨハネスとフレイアを抱くとき、
首の据わらない赤ん坊を抱くのがこんなに大変なものなのか、
といつもミッターマイヤーは考える。
離乳の進んだフェリックスの時とは、何もかも勝手が違う。
しかし、もどかしいながらも、だんだんと抱き方が様になってくる自分が何となくおかしい。
人並みに父親らしくなってきているではないか!
そう言うと、エヴァはおかしそうに言う。
自信を持ってくださいな、あなたはもう4人の子の保護者なんですよ、と。
エヴァは4人の子どもを同じように愛し、同じように育ててくれている。
本当に自分にはできすぎた女房だとミッターマイヤーは今更ながら思う。

ヨハネスとフレイアはよく夜泣きをした。
毎日疲れているが、ミッターマイヤーはそのユニゾンの泣き声で目を覚ます。
ベビーベッドを見ると、エヴァが二人を抱きかかえ、乳を含ませている。
その姿は、神を信じているとは言い難いミッターマイヤーにさえ、神々しいものに見えてくる。

成長するにつれ、双子はそれぞれの個性を発揮するようになった。
エヴァの髪と瞳の色を受け継いだヨハネスは、父親よりも祖父に似ている。
堅実で、人当たりがいい。
しっかりしているようにも見える。
こうと決めたら絶対に動かない。
必ずすねてみせる。
その頑固さは、自分に似たのか、それともエヴァのものか。

フレイアは自分に似ている。
それはミッターマイヤーのにとって確信のようなものだった。
フレイアも人当たりはいいが、激しい気性を持っている。
それでいて、素直で純真だ。

フェリックスはフレイアが好きだ。
フレイアが女の子だからか、ロイエンタールの血か。
よく小さな指でフレイアの頬をつんつんとする。
フレイアはそれが嬉しいのか、にこにこと笑っている。
「そうか、フレイアが好きか、フェリックス?」
「ファーター・・・」
フェリックスがにこにことミッターマイヤーに呼びかける。
「フレイアといつまでもなかよくな・・・」
それがジークフリード・キルヒアイスにかつてアンネローゼが言った言葉と同じものであることを、
もちろんミッターマイヤーは知らない。
その言葉の意味がわかるのか、フェリックスがうんうんとうなずいてみせる。

ロイエンタールの子と、自分の子どもたちが並んですわっている。
その姿は「帝国の双璧」と呼ばれた父親にうり二つだ。
二人がそのうちに結婚して・・・などとは、ミッターマイヤーは考えていない。
ビッテンフェルトにいわせると、
「フェリックスはフレイアのようなタイプが好きだ。きっと。
血筋だからな。そうなると、二人は結婚する運命にあるというものだ」
ということになる。
ミッターマイヤーが否定すると、
「卿もフェリックスのような人間に惹かれるだろう?それも血筋だからな」
と、訳のわからないことを言う。
でも、とミッターマイヤーは思う。
自然に任せて、もしも二人がそういうことになってもいい。
そうならなくてもいい。どちらにせよ、おれには見守る義務がある。
ヨハネスが成人すれば、フェリックスは何の気兼ねもなくロイエンタールを継ぐことができる。
もちろん本人が望めば、だが。
それもまたいいかもしれない。
すべて、流れゆくまま、だ。

topへ

back

(4)へ


はい。恥ずかしげもなく続きです。
「ミッターマイヤー家にコウノトリを舞い降りさせる実行委員会」(たった今作った)
みつえでございます(笑)